「はやてとの関係? そんなん、主と騎士にきまってんじゃねーか」
「うーん。どっちかっていうとヴィータちゃんって、はやてちゃんの『妹』みたいな感じじゃないかな」
「ちょっ、なのは! てめー頭なでんな!」
「……ねえねえ、はやて? はやてとあたしの関係ってどんなのかな?」
「何や? 藪から棒に」
「ちょっと気になったんだ! ねえねえ、はやてはどう思う?」
「そやねえ。あたしは姉で……」
「姉で?」(わくわく
「ヴィータは姉に隷属する妹奴隷かな」
「シンデレラっ!?」
(そんな夢を見た)
2008年08月11日
2008年01月29日
[アリアンロッド・リプレイ・ルージュ] [小ネタ] 朝の風景
「ヒャーッハッハァ! ェエイプリルゥゥゥゥゥ!!」
「あ゛あ゛あ゛……、あたまにひびくぅぅ」
「あさからげんきだな! うるさいぞ!」
「……何の用だ」
「げっげっげっ。朝の挨拶はおはようだぜぇ、エイプリルよォォォォ!」
「……」
「なーんか旨そうなもの食ってるなァ! 俺様にも寄越してやってくれよエイプリルウウゥゥ!」
「やるか。他を当たれ」
「あたしのとレントのはあたしのだ! あげないぞ!」
「この女の腹具合など心底どうでもいい」
「悪に対する施しはしないのが私の心の中の正義だ!」
「ちょ……っ! ジュライさんっ、ジュライさん……っ! 何しにきたんですか……□△×○(←絶対無敵可憐な声で抱腹絶倒している)」
「どうでもいいじゃねェかそんなことはよオォ?」
「……クリスさん、可哀想だしちょっとだけあげませんか?」
「なんで私なんですかノエルさん!?」
「ほら、神殿神殿、救済は正義正義ですよ。大事大事!」
「……弱者救済は確かに神殿の……しかしこの女に施しをすることを拒否する自分が居る!」
「こォら! そこのちんちくりん娘、俺様を哀れなものを見る目で見るなアア!」
「え? ちんち……ちんちくりん娘? わたし……? あれえ?」
「それにそこの神官!」
「私にはクリス=ファーディナントという名前がある!」
「んじゃクリス、そのオムレツを俺様に寄越しやがってください」
(尻切れ気味に終わり)
※アリアンロッド・リプレイ・ルージュのSSをお探しの方へ
どちらかといえば、こちらよりも前回のエントリ『ツンデレ自己紹介バトンだったもの』の方がちゃんとしたルージュのSS的文章になっています。むやみに長いのですけれども! エイプリルを頑張って書きました。
もしもよろしければ其方もご覧くださいませ。
何故かぐぐる先生などの検索エンジンではそちらが引っかからないのですよ。カテゴリのせいかーっ!?
「あ゛あ゛あ゛……、あたまにひびくぅぅ」
「あさからげんきだな! うるさいぞ!」
「……何の用だ」
「げっげっげっ。朝の挨拶はおはようだぜぇ、エイプリルよォォォォ!」
「……」
「なーんか旨そうなもの食ってるなァ! 俺様にも寄越してやってくれよエイプリルウウゥゥ!」
「やるか。他を当たれ」
「あたしのとレントのはあたしのだ! あげないぞ!」
「この女の腹具合など心底どうでもいい」
「悪に対する施しはしないのが私の心の中の正義だ!」
「ちょ……っ! ジュライさんっ、ジュライさん……っ! 何しにきたんですか……□△×○(←絶対無敵可憐な声で抱腹絶倒している)」
「どうでもいいじゃねェかそんなことはよオォ?」
「……クリスさん、可哀想だしちょっとだけあげませんか?」
「なんで私なんですかノエルさん!?」
「ほら、神殿神殿、救済は正義正義ですよ。大事大事!」
「……弱者救済は確かに神殿の……しかしこの女に施しをすることを拒否する自分が居る!」
「こォら! そこのちんちくりん娘、俺様を哀れなものを見る目で見るなアア!」
「え? ちんち……ちんちくりん娘? わたし……? あれえ?」
「それにそこの神官!」
「私にはクリス=ファーディナントという名前がある!」
「んじゃクリス、そのオムレツを俺様に寄越しやがってください」
(尻切れ気味に終わり)
※アリアンロッド・リプレイ・ルージュのSSをお探しの方へ
どちらかといえば、こちらよりも前回のエントリ『ツンデレ自己紹介バトンだったもの』の方がちゃんとしたルージュのSS的文章になっています。むやみに長いのですけれども! エイプリルを頑張って書きました。
もしもよろしければ其方もご覧くださいませ。
何故かぐぐる先生などの検索エンジンではそちらが引っかからないのですよ。カテゴリのせいかーっ!?
2008年01月25日
[アリアンロッド・リプレイ・ルージュ] ツンデレ自己紹介バトンだったもの
しろさんとてもさんからもらいました。
どうやら捻ったものを要求されているような感じがなんとなくしたので、自己紹介じゃなくします(ぇー
アリアンロッド・リプレイ・ルージュのネタです。
異様に長くなったので、ご興味の無い方には転送量が優しくなるよう配慮いたしました(笑
って、超お久し振りです。
いきなりバトンですか。
その上年越しですか。
自分で自分にツッコミを入れたくなる状況に頭がくらくらです。
ツンデレ自己紹介バトン というタイトルの別モノを読む
どうやら捻ったものを要求されているような感じがなんとなくしたので、自己紹介じゃなくします(ぇー
アリアンロッド・リプレイ・ルージュのネタです。
異様に長くなったので、ご興味の無い方には転送量が優しくなるよう配慮いたしました(笑
って、超お久し振りです。
いきなりバトンですか。
その上年越しですか。
自分で自分にツッコミを入れたくなる状況に頭がくらくらです。
ツンデレ自己紹介バトン というタイトルの別モノを読む
2006年11月11日
[TxM] 片島暦のクリスマス
片島神社の神事を司る神職の家計である片島家には、クリスマスを祝うという伝統が無い。クリスマス・イブも同様である。
それが片島暦には、今まで19年間生きてきてどうにも気に入らなかった。
世間ではプレゼントだのパーティだの恋人との甘いひと時だの、あんなに楽しくて素敵な事があるというのに、何が嬉しくて普段どおりの暮らしをせねばならないのか。
一応、暦にもパーティのお誘いはあった。
『必ず男の子を連れてきてねー』
お誘いの文句と一緒に言われた条件を苦々しく思い出す。
大学生ともなれば、こういう時にちょっと羽目を外したい仲間が集まってイベントをするという事もある。今回企画されたそれは半分合コンみたいなものであって、必ずペアになる男を連れてくるというのが参加条件にされていた。
片島暦にはそういう相手は居ない。
この19年間、タダの一人もだ。
そういう訳で、そのパーティへの参加は保留という事にしてある。断りを入れずに保留という事にしたのは、彼氏も男の当ても無い事を隠したい暦の見栄だ。
そんな事情もあり、暦にはクリスマス・イブには何も予定が無い。
さすがにそれは悲しすぎた。
決意を瞳に宿して、重い身体を炬燵から出す。
とにかく街に出よう。何も当ては無いが、取り敢えず街に。
部屋に戻り、クローゼットを漁ってお気に入りのセットを取り出した。特別な何があるわけでも無いのだが、とにかく外見に気合を入れておきたかったのだ。
準備を終えて玄関に向かう暦に、母の弥生が声をかけた。
「あら、出かけるの?」
「うん、約束があって」
母の口調に危険を感じ、嘘はすらすらと口を突いて出た。
「そう? お買い物を頼もうかと思ったんだけど」
やっぱりだと暦は思った。クリスマス・イブに夕食の買い物。それだけは厭だ。
「ごめんね。今日の夕食は何?」
「カレーライスよ」
カレーライス。
クリスマス・イブの晩にカレーライス。
何たることよ、カレーライス。
暦の脳裏に一つの光景が浮かび上がる。
テレビから流れるクリスマス・キャロル。それを見ながら一家はカレーライスを突付いている。
テレビの中の登場人物立ちはしきりに愛だの恋だのを語りながら、甘ったるく熱っ苦しく盛り上げる。
「ねえ、クリスマスって何?」
末の娘の水江が父親に尋ねる。父親はきっとこう答えるだろう。
「キリスト教の悪魔払いの日だよ。悪魔は柊を嫌うから、その日は玄関に柊をぶら下げておくと悪魔が近付いてこないんだ」
「それじゃあ、どうしてあの人たちはクリスマスが特別な日だって言ってるの?」
「あれはもう悪魔に取り憑かれた人だから……、悪魔が自由を取り戻す日だからさ」
沈痛な表情で俯く片島父。水江ははっと息を飲む。
「そんな……父さんが助けられないの?」
「もう、手遅れなんだよ。ああなっては……もう、治らない」
「そんな事って……っ!?」
「だからせめて水江は安全な家の中に居るんだ。いいね?」
「うん、判ったよ父さん」
厭だ。
そんなのは厭だ。
何故かは判らないけど厭だ。
理由も無く、とてつもなくその想像が現実の未来に近い物だと言う確信がある。言うなれば運命というやつだ。
暦は考える。
ならばどうする?
決まっていた。
運命に、反逆する!
「あ、ごめん。今日は友達のパーティに行くから、晩御飯要らないの」
「聴いてなかったわよ?」
「言うの忘れてたわ。本当にごめんなさいっ」
言い捨てて、暦は走り出した。逃げ出したとも言う。
参道の階段を降りながら、暦は携帯電話を取り出して友達に電話をかけた。
「あ、サチコ? うんうん、あたし。今日のパーティ、今からだけど参加って事でいい?
……あ、大丈夫大丈夫。男の子ちゃんと連れてくってば! やだな。もう、疑うの? 期待しててよ。背の高いの連れて行くからさ。
それじゃ〜〜ね〜」
電話を切った。
(これであたしの退路は絶たれた。あとは前に進むのみッ!)
ニヤリと笑って、暦は走り始めた。
クリスマス・イブに予定が無いのは何も暦だけではない。
この男もそうだった。
「……何しに来た?」
不機嫌そうに眼鏡の位置を直しながら、左京戒は低い声音で尋ねる。
戒の目の前には、やけに気合の入った服装をしながら、玄関で息を切らせている暦が居た。
「何って、クリスマスパーティのお誘いに来たに決まってるじゃない」
「行かん」
戒は一言で断りを入れた。
「そんなぁ〜〜。行こうよぉ。きっと楽しいよ?」
暦は猫撫で声で戒を引き止める。
冗談じゃない。戒は心の中で吐き捨てた。普段に比べ、暦がしつこすぎた。裏に何があるか判ったものではない。
「楽しくても行かない」
「何よー。何か用事でもあるの?」
「用事は無いが、そういう場は苦手だ」
「ねーあたしを助けると思ってさー」
「は?」
暦の声の調子が弱々しいものに変わった。訝しく思った戒は事情を尋ねた。
「ちょっと困ったコトになってんのよ。パーティに参加するためにさー、男を一人連れて来いって言われちゃってね」
「その為に、俺を呼んでいるのか?」
「そ。でもね、誰でも良いって訳じゃないのよ? 戒君だから呼ぶんだからね」
しおらしい事を言っているが、暦の言う内容は戒をパーティの参加チケット扱いするという事に他ならない。それが戒の気に入らなかった。
「そんな風に言ってもダメだ。俺はパーティチケットじゃない」
「そんな事言ってないじゃない! あたしはただ、戒君とパーティに行きたいなーって」
考えてみたら、今まで暦相手にはそんなのばかりだった。硬軟交えて暦が戒を振り回す。そこに戒の意思は存在しない。唯一、戒が暦を揺さぶった事もあったのだが、それは戒自信も思い出したくない歴史の暗部だ。
だから、戒は暦に反逆する。
「俺は行きたくない」
「あ、そう? そうなの」
急に暦が鞄を漁り始めた。中から白い封筒が姿を現す。
「じゃーん、これなーんだ?」
「それはッ!?」
それは戒の一世一代の不覚、恥の記憶。戒が中学生の時に、急に大人になったように見えた暦を意識したときに、何を血迷ったか暦に送りつけたラブレターだった。
「戒君が来てくれなかったら、あたし何かお詫びしなくちゃいけないのよねー。
身近にある受けを狙えるネタってコレしかないんだけどなー」
封筒を目の前にかざしてふふんと笑う暦。
内心の動揺を押し隠して戒は反撃を試みる。
「好きにしたら良い。どうせ、パーティに参加する人間は俺のことを知らないだろう」
「え? 女の子達はみんな同じ高校のOGばかりだから、戒君のこと知ってる人ばかりだよ」
うぐ、と、喉が鳴った。
数秒間の沈黙。
「……解った」
納得はしなかったが。
「結局だ」
相変わらず不機嫌そうに戒は溜めた息を吐き出した。白い息が風にもぎ取られるように消えていった。
「俺はあんたに振り回されてばかりだ……」
背負った暦の位置をちょちょいと直して、戒は止めていた足を再び動かし始めた。
暦は酔って寝ている。もしかするとパーティの間の記憶も残っていないかもしれない。
それでいいと戒は思った。
色々と有ったが、つい1時間前の出来事が一番暦にとっては痛い出来事だろう。久しぶりに顔を会わせた先輩達に取り囲まれた戒を酔った暦が
「これはあたしのオモチャだ」
と言い切って奪い取り、周囲を固めていた女達を追い払ったのだった。
その行動は女達を取られて文句タラタラだった他の男性陣には好評だったが、女性陣にはまるでワイドショーのネタを振ったようなものだった。あとは、滅茶苦茶だ。戒自信も何があったか正確に覚えていない。
負われている暦が眠っているのは承知していたが、戒は肩越しに問い掛けた。
「これから、あんたどうするんだ? 俺まで先輩達に誤解されたぞ」
「……戒くん」
寝ているはずの暦の声に戒は驚いた。
「あたしの方がお姉さんなんだから……それ寄越しなさい……」
「…………寝言か」
暦を背負ったまま器用に肩を竦ませ、戒は片島神社までの道を歩きつづけた。
「んま、今日の暦の相手って誰だろうって思ってたんだけど、やっぱり戒君だったのねー!
どうだった? 暦ってあのとうりガサツだから色々ガッカリさせただろうけど、これに懲りずに可愛がってあげてね」
「いや、そういう事ではなく」
先輩達よりも、弥生の誤解を何とかする事に戒は骨を折ったそうな。
(終わってる?)
あとがきのようなもの
それが片島暦には、今まで19年間生きてきてどうにも気に入らなかった。
世間ではプレゼントだのパーティだの恋人との甘いひと時だの、あんなに楽しくて素敵な事があるというのに、何が嬉しくて普段どおりの暮らしをせねばならないのか。
一応、暦にもパーティのお誘いはあった。
『必ず男の子を連れてきてねー』
お誘いの文句と一緒に言われた条件を苦々しく思い出す。
大学生ともなれば、こういう時にちょっと羽目を外したい仲間が集まってイベントをするという事もある。今回企画されたそれは半分合コンみたいなものであって、必ずペアになる男を連れてくるというのが参加条件にされていた。
片島暦にはそういう相手は居ない。
この19年間、タダの一人もだ。
そういう訳で、そのパーティへの参加は保留という事にしてある。断りを入れずに保留という事にしたのは、彼氏も男の当ても無い事を隠したい暦の見栄だ。
そんな事情もあり、暦にはクリスマス・イブには何も予定が無い。
さすがにそれは悲しすぎた。
決意を瞳に宿して、重い身体を炬燵から出す。
とにかく街に出よう。何も当ては無いが、取り敢えず街に。
部屋に戻り、クローゼットを漁ってお気に入りのセットを取り出した。特別な何があるわけでも無いのだが、とにかく外見に気合を入れておきたかったのだ。
準備を終えて玄関に向かう暦に、母の弥生が声をかけた。
「あら、出かけるの?」
「うん、約束があって」
母の口調に危険を感じ、嘘はすらすらと口を突いて出た。
「そう? お買い物を頼もうかと思ったんだけど」
やっぱりだと暦は思った。クリスマス・イブに夕食の買い物。それだけは厭だ。
「ごめんね。今日の夕食は何?」
「カレーライスよ」
カレーライス。
クリスマス・イブの晩にカレーライス。
何たることよ、カレーライス。
暦の脳裏に一つの光景が浮かび上がる。
テレビから流れるクリスマス・キャロル。それを見ながら一家はカレーライスを突付いている。
テレビの中の登場人物立ちはしきりに愛だの恋だのを語りながら、甘ったるく熱っ苦しく盛り上げる。
「ねえ、クリスマスって何?」
末の娘の水江が父親に尋ねる。父親はきっとこう答えるだろう。
「キリスト教の悪魔払いの日だよ。悪魔は柊を嫌うから、その日は玄関に柊をぶら下げておくと悪魔が近付いてこないんだ」
「それじゃあ、どうしてあの人たちはクリスマスが特別な日だって言ってるの?」
「あれはもう悪魔に取り憑かれた人だから……、悪魔が自由を取り戻す日だからさ」
沈痛な表情で俯く片島父。水江ははっと息を飲む。
「そんな……父さんが助けられないの?」
「もう、手遅れなんだよ。ああなっては……もう、治らない」
「そんな事って……っ!?」
「だからせめて水江は安全な家の中に居るんだ。いいね?」
「うん、判ったよ父さん」
厭だ。
そんなのは厭だ。
何故かは判らないけど厭だ。
理由も無く、とてつもなくその想像が現実の未来に近い物だと言う確信がある。言うなれば運命というやつだ。
暦は考える。
ならばどうする?
決まっていた。
運命に、反逆する!
「あ、ごめん。今日は友達のパーティに行くから、晩御飯要らないの」
「聴いてなかったわよ?」
「言うの忘れてたわ。本当にごめんなさいっ」
言い捨てて、暦は走り出した。逃げ出したとも言う。
参道の階段を降りながら、暦は携帯電話を取り出して友達に電話をかけた。
「あ、サチコ? うんうん、あたし。今日のパーティ、今からだけど参加って事でいい?
……あ、大丈夫大丈夫。男の子ちゃんと連れてくってば! やだな。もう、疑うの? 期待しててよ。背の高いの連れて行くからさ。
それじゃ〜〜ね〜」
電話を切った。
(これであたしの退路は絶たれた。あとは前に進むのみッ!)
ニヤリと笑って、暦は走り始めた。
クリスマス・イブに予定が無いのは何も暦だけではない。
この男もそうだった。
「……何しに来た?」
不機嫌そうに眼鏡の位置を直しながら、左京戒は低い声音で尋ねる。
戒の目の前には、やけに気合の入った服装をしながら、玄関で息を切らせている暦が居た。
「何って、クリスマスパーティのお誘いに来たに決まってるじゃない」
「行かん」
戒は一言で断りを入れた。
「そんなぁ〜〜。行こうよぉ。きっと楽しいよ?」
暦は猫撫で声で戒を引き止める。
冗談じゃない。戒は心の中で吐き捨てた。普段に比べ、暦がしつこすぎた。裏に何があるか判ったものではない。
「楽しくても行かない」
「何よー。何か用事でもあるの?」
「用事は無いが、そういう場は苦手だ」
「ねーあたしを助けると思ってさー」
「は?」
暦の声の調子が弱々しいものに変わった。訝しく思った戒は事情を尋ねた。
「ちょっと困ったコトになってんのよ。パーティに参加するためにさー、男を一人連れて来いって言われちゃってね」
「その為に、俺を呼んでいるのか?」
「そ。でもね、誰でも良いって訳じゃないのよ? 戒君だから呼ぶんだからね」
しおらしい事を言っているが、暦の言う内容は戒をパーティの参加チケット扱いするという事に他ならない。それが戒の気に入らなかった。
「そんな風に言ってもダメだ。俺はパーティチケットじゃない」
「そんな事言ってないじゃない! あたしはただ、戒君とパーティに行きたいなーって」
考えてみたら、今まで暦相手にはそんなのばかりだった。硬軟交えて暦が戒を振り回す。そこに戒の意思は存在しない。唯一、戒が暦を揺さぶった事もあったのだが、それは戒自信も思い出したくない歴史の暗部だ。
だから、戒は暦に反逆する。
「俺は行きたくない」
「あ、そう? そうなの」
急に暦が鞄を漁り始めた。中から白い封筒が姿を現す。
「じゃーん、これなーんだ?」
「それはッ!?」
それは戒の一世一代の不覚、恥の記憶。戒が中学生の時に、急に大人になったように見えた暦を意識したときに、何を血迷ったか暦に送りつけたラブレターだった。
「戒君が来てくれなかったら、あたし何かお詫びしなくちゃいけないのよねー。
身近にある受けを狙えるネタってコレしかないんだけどなー」
封筒を目の前にかざしてふふんと笑う暦。
内心の動揺を押し隠して戒は反撃を試みる。
「好きにしたら良い。どうせ、パーティに参加する人間は俺のことを知らないだろう」
「え? 女の子達はみんな同じ高校のOGばかりだから、戒君のこと知ってる人ばかりだよ」
うぐ、と、喉が鳴った。
数秒間の沈黙。
「……解った」
納得はしなかったが。
「結局だ」
相変わらず不機嫌そうに戒は溜めた息を吐き出した。白い息が風にもぎ取られるように消えていった。
「俺はあんたに振り回されてばかりだ……」
背負った暦の位置をちょちょいと直して、戒は止めていた足を再び動かし始めた。
暦は酔って寝ている。もしかするとパーティの間の記憶も残っていないかもしれない。
それでいいと戒は思った。
色々と有ったが、つい1時間前の出来事が一番暦にとっては痛い出来事だろう。久しぶりに顔を会わせた先輩達に取り囲まれた戒を酔った暦が
「これはあたしのオモチャだ」
と言い切って奪い取り、周囲を固めていた女達を追い払ったのだった。
その行動は女達を取られて文句タラタラだった他の男性陣には好評だったが、女性陣にはまるでワイドショーのネタを振ったようなものだった。あとは、滅茶苦茶だ。戒自信も何があったか正確に覚えていない。
負われている暦が眠っているのは承知していたが、戒は肩越しに問い掛けた。
「これから、あんたどうするんだ? 俺まで先輩達に誤解されたぞ」
「……戒くん」
寝ているはずの暦の声に戒は驚いた。
「あたしの方がお姉さんなんだから……それ寄越しなさい……」
「…………寝言か」
暦を背負ったまま器用に肩を竦ませ、戒は片島神社までの道を歩きつづけた。
「んま、今日の暦の相手って誰だろうって思ってたんだけど、やっぱり戒君だったのねー!
どうだった? 暦ってあのとうりガサツだから色々ガッカリさせただろうけど、これに懲りずに可愛がってあげてね」
「いや、そういう事ではなく」
先輩達よりも、弥生の誤解を何とかする事に戒は骨を折ったそうな。
(終わってる?)
あとがきのようなもの
2006年03月01日
[Kanon][小ネタ] かおりさんのたんじょうび。
「はいはい相沢君このカレンダーにちゅうもーく!」
「なんなんだこの香里のノリは……?」
「無駄口はダメよ。はい相沢君、今日は一体何の日でしょう?」
「3月1日じゃないのか?」
「ぶっぶー。ダメね相沢君、回答に愛が足りないわ」
「愛って何だ愛って」
「愛、良い質問ね。ちなみに最初の質問の正解はあたしの誕生日、相沢君の質問の正解はこのあとすぐ!」
「どうしてその手は俺のズボンのベルトを外そうとしてるかな?」
「だって、愛だし」
「これ愛違うような気がーっ!?」
「えー不満? これならいい?」
「口でチャックを咥えるのもなんか違うー!!」
「……もう、我侭ね相沢君は! どうしろって言うの?」
「香里の愛はこんなのばかりなのかっ!?」
「こういうのもあるわ。違うのもあるけど今はナイショ。じゃあ続きね」
「待て」
「なあに? 焦らし? 相沢君ってばあたしを焦らしてるの? 相沢君のせいでスイッチが入ってしまったあたしを止めて我慢させておいて、我慢しきれずに情欲に潤んだ瞳を見たいとか、そういう人?
『香里、どうしたんだそんな泣きそうな顔をして』
『……わかってるくせに。イジワル』
『だって、俺疲れたしなあ。あまり体力を使いたくないんだ』
『……じゃ、じゃあ! あたしが全部してあげるから!』
『全部って? 何を?』
『それは……っ』(赤っ
『言えないならいいぜ。俺は帰るから』
『待って……。言うから、あたし、全部言うから!』
そんな風にあたしで遊びたいのね! なあんだ、それならそうと早く言ってくれたら」
「何だか俺ものすごい悪人ー!?」
「だって、悪人じゃない。こんなにあたしを焦らして楽しもうだなんて。
相沢君の鬼! 鬼畜! サディスト! もっとやって!!」
「それは香里の想像の中の俺で、本当は違うー!」
「それじゃ、良い人なの?」
「少なくとも良い人では居たいぞ」
「じゃあ良い人な相沢君には、誕生日を迎えたあたしに欲しいプレゼントをくれるようにお願いします。大丈夫、お金なんてかからないから」
「何が欲しいんだ?」
「相沢君」
「は?」
「だから相沢君ね、あたしが欲しいのは。それじゃあ頂きます!」
今日は美坂香里さんの誕生日です。
懐かしのノリを目指したものの、質の悪い模造品になってしまったという例。
原作の香里さんと別モノというご指摘は、全く御尤もデス。
「なんなんだこの香里のノリは……?」
「無駄口はダメよ。はい相沢君、今日は一体何の日でしょう?」
「3月1日じゃないのか?」
「ぶっぶー。ダメね相沢君、回答に愛が足りないわ」
「愛って何だ愛って」
「愛、良い質問ね。ちなみに最初の質問の正解はあたしの誕生日、相沢君の質問の正解はこのあとすぐ!」
「どうしてその手は俺のズボンのベルトを外そうとしてるかな?」
「だって、愛だし」
「これ愛違うような気がーっ!?」
「えー不満? これならいい?」
「口でチャックを咥えるのもなんか違うー!!」
「……もう、我侭ね相沢君は! どうしろって言うの?」
「香里の愛はこんなのばかりなのかっ!?」
「こういうのもあるわ。違うのもあるけど今はナイショ。じゃあ続きね」
「待て」
「なあに? 焦らし? 相沢君ってばあたしを焦らしてるの? 相沢君のせいでスイッチが入ってしまったあたしを止めて我慢させておいて、我慢しきれずに情欲に潤んだ瞳を見たいとか、そういう人?
『香里、どうしたんだそんな泣きそうな顔をして』
『……わかってるくせに。イジワル』
『だって、俺疲れたしなあ。あまり体力を使いたくないんだ』
『……じゃ、じゃあ! あたしが全部してあげるから!』
『全部って? 何を?』
『それは……っ』(赤っ
『言えないならいいぜ。俺は帰るから』
『待って……。言うから、あたし、全部言うから!』
そんな風にあたしで遊びたいのね! なあんだ、それならそうと早く言ってくれたら」
「何だか俺ものすごい悪人ー!?」
「だって、悪人じゃない。こんなにあたしを焦らして楽しもうだなんて。
相沢君の鬼! 鬼畜! サディスト! もっとやって!!」
「それは香里の想像の中の俺で、本当は違うー!」
「それじゃ、良い人なの?」
「少なくとも良い人では居たいぞ」
「じゃあ良い人な相沢君には、誕生日を迎えたあたしに欲しいプレゼントをくれるようにお願いします。大丈夫、お金なんてかからないから」
「何が欲しいんだ?」
「相沢君」
「は?」
「だから相沢君ね、あたしが欲しいのは。それじゃあ頂きます!」
今日は美坂香里さんの誕生日です。
懐かしのノリを目指したものの、質の悪い模造品になってしまったという例。
原作の香里さんと別モノというご指摘は、全く御尤もデス。
2005年12月06日
[Kanon] うまれたひに。
それまでと同じく、12月6日は美汐にとって何事も無い一日だった。
この日、彼女は17歳になった。
誕生日という物に、彼女は屈折した感慨を持っている。
今にも雪を降らせそうな曇天を見上げて、美汐は小さく溜めた息を吐いて囁いた。
「また、私は1つ歳を取りましたよ」
誕生日という物に、彼女は屈折した感慨を持っている。
「みしおー、たんじょうびってなに?」
「たんじょうびというのはね、ひとがうまれたひのことなの」
「おたんじょうびってなにするの?」
「みんなでケーキをたべたり、プレゼントをあげておいわいするのよ」
「おばちゃんがいってた『みしおのたんじょうび』っていうのは、みしおがうまれたひのこと?」
「うん! あさってなのよ」
「じゃあ、ぼくのたからものをあげるよ!」
「ありがとう、わたしもたからものを、あなたのたんじょうびにあげるね」
過去に一度だけ一緒に誕生日を祝ってくれた、掛け替えの無かった大切な『友達』が逝ってしまってから、美汐の心はぽっきりと折れてしまっていた。その『友達』は天野美汐という一個の人格を構成する上で、屋台骨や大黒柱に例えられるような存在だった。屋台骨を抜き取られた構造物は、自重に負けて傾く他は無い。美汐はそうなった。
年月は美汐という存在を傾いたなりに補強し癒していったのだが、傾いたままの美汐は少女と呼ばれる年齢にしては多少いびつな存在になってしまっている。
『友達』。それは人ではなかった。
人に変化する奇跡を得た、あやかしのきつね。
人に変化する奇跡を得る代償に記憶を失い、人の形を維持するためにその身に与えられた力を徐々に消費し、力をうしなった途端に消えてしまう。束の間の奇跡の輝き。
そんな存在だった。
結局『友達』は、夢が醒めるように消えて居なくなってしまったけれども、その存在が夢幻の類ではなかったことは、美汐の宝箱に入っている以前の誕生日に彼がくれたガラスのおはじきが示し続けている。
嘗ては、奇跡を目の当たりにした事を知った美汐は、復活の奇跡をも訪れることを心待ちにしていた。しかし今では、奇跡を待ち望むことも無くなった。奇跡は一度でも現れればそれ自体が奇跡なのであって、度々起こるようでは奇跡ではない。
奇跡を諦めてより、美汐は誕生日を迎える度に、幼いまま逝ってしまった『友達』を置き去りにして自分だけが何処かに行っているような、そんな後ろめたさを感じていた。
通い慣れた学校からの帰り道。曇り空のせいで暗めの家路を急ぐ。せめて雨や霙が降る前に。
ふと、逝った『友達』を思った。もし奇跡訪れたりなば。
小さく自嘲の笑みを浮かべて、美汐は妄執を掃うように首を横に振った。誕生日ということで感傷的になっているのかも知れない。
家の前で、それを美汐が見つけられたのは、実に大変な偶然だった。
もしも門柱の影から猫が走り去らなければ、もしも門柱の下に不自然に落ちていた(庭には植えていない)柊の葉の白い裏面の上にそれが置かれていなければ、美汐は全く気付かずに居ただろう。
柊の葉の上に置かれていた、ガラスのおはじきを見つけて、美汐は眼を見開いた。
「……あの子が?」
それは数年前に貰った宝物と同じもの。
偶然だろうか。
誰が置いたのかも判らない、全く無関係の誰かが落としただけなのかも。
いいえだけど。
様々な考えが頭に浮かんで来るが、それらはすぐに消えていった。
どこから来たのか、誰かの意思が介在しているのか、全然判らないおはじきだが。それは美汐にとっては。
美汐が嘗て望んだ奇跡には遠く及ばないが、彼女にとってそれはまたひとつの小さな奇跡。
その夜、美汐は奇跡のかけらを宝箱に大事に仕舞い、そして泣いた。
──じゃあ、ぼくのたからものをあげるよ!
──ありがとう、わたしもたからものを、あなたのたんじょうびにあげるね
どんな宝物をお返しにあげようかと考えながら。
この日、彼女は17歳になった。
誕生日という物に、彼女は屈折した感慨を持っている。
今にも雪を降らせそうな曇天を見上げて、美汐は小さく溜めた息を吐いて囁いた。
「また、私は1つ歳を取りましたよ」
誕生日という物に、彼女は屈折した感慨を持っている。
「みしおー、たんじょうびってなに?」
「たんじょうびというのはね、ひとがうまれたひのことなの」
「おたんじょうびってなにするの?」
「みんなでケーキをたべたり、プレゼントをあげておいわいするのよ」
「おばちゃんがいってた『みしおのたんじょうび』っていうのは、みしおがうまれたひのこと?」
「うん! あさってなのよ」
「じゃあ、ぼくのたからものをあげるよ!」
「ありがとう、わたしもたからものを、あなたのたんじょうびにあげるね」
過去に一度だけ一緒に誕生日を祝ってくれた、掛け替えの無かった大切な『友達』が逝ってしまってから、美汐の心はぽっきりと折れてしまっていた。その『友達』は天野美汐という一個の人格を構成する上で、屋台骨や大黒柱に例えられるような存在だった。屋台骨を抜き取られた構造物は、自重に負けて傾く他は無い。美汐はそうなった。
年月は美汐という存在を傾いたなりに補強し癒していったのだが、傾いたままの美汐は少女と呼ばれる年齢にしては多少いびつな存在になってしまっている。
『友達』。それは人ではなかった。
人に変化する奇跡を得た、あやかしのきつね。
人に変化する奇跡を得る代償に記憶を失い、人の形を維持するためにその身に与えられた力を徐々に消費し、力をうしなった途端に消えてしまう。束の間の奇跡の輝き。
そんな存在だった。
結局『友達』は、夢が醒めるように消えて居なくなってしまったけれども、その存在が夢幻の類ではなかったことは、美汐の宝箱に入っている以前の誕生日に彼がくれたガラスのおはじきが示し続けている。
嘗ては、奇跡を目の当たりにした事を知った美汐は、復活の奇跡をも訪れることを心待ちにしていた。しかし今では、奇跡を待ち望むことも無くなった。奇跡は一度でも現れればそれ自体が奇跡なのであって、度々起こるようでは奇跡ではない。
奇跡を諦めてより、美汐は誕生日を迎える度に、幼いまま逝ってしまった『友達』を置き去りにして自分だけが何処かに行っているような、そんな後ろめたさを感じていた。
通い慣れた学校からの帰り道。曇り空のせいで暗めの家路を急ぐ。せめて雨や霙が降る前に。
ふと、逝った『友達』を思った。もし奇跡訪れたりなば。
小さく自嘲の笑みを浮かべて、美汐は妄執を掃うように首を横に振った。誕生日ということで感傷的になっているのかも知れない。
家の前で、それを美汐が見つけられたのは、実に大変な偶然だった。
もしも門柱の影から猫が走り去らなければ、もしも門柱の下に不自然に落ちていた(庭には植えていない)柊の葉の白い裏面の上にそれが置かれていなければ、美汐は全く気付かずに居ただろう。
柊の葉の上に置かれていた、ガラスのおはじきを見つけて、美汐は眼を見開いた。
「……あの子が?」
それは数年前に貰った宝物と同じもの。
偶然だろうか。
誰が置いたのかも判らない、全く無関係の誰かが落としただけなのかも。
いいえだけど。
様々な考えが頭に浮かんで来るが、それらはすぐに消えていった。
どこから来たのか、誰かの意思が介在しているのか、全然判らないおはじきだが。それは美汐にとっては。
美汐が嘗て望んだ奇跡には遠く及ばないが、彼女にとってそれはまたひとつの小さな奇跡。
その夜、美汐は奇跡のかけらを宝箱に大事に仕舞い、そして泣いた。
──じゃあ、ぼくのたからものをあげるよ!
──ありがとう、わたしもたからものを、あなたのたんじょうびにあげるね
どんな宝物をお返しにあげようかと考えながら。
2005年11月19日
[Kanon] みしおさんのおまじない
びたーん。
古典的な音を立てて真琴は転んだ。
「あ゙ゔ〜〜〜」
五体投地の見本像、ともいえそうな真琴がアスファルトの上に横たわっていた。
「大丈夫!?」
美汐は咄嗟にしゃがんでめくれ上がったスカートを直してやり、真琴を抱き起こし頭から順に点検していった。
額、膝は言うに及ばず、鼻の頭も地面を叩いた掌も等しく赤くなっていた。赤くなっている範囲が広いその割には、擦り剥いた箇所は額だけだった。余程綺麗に転んだらしい。
「みしお……いたい……」
真琴の瞳に涙がじんわり。ぁぅー。
「ほら、泣かないの。真琴は強い子でしょう?」
涙をこらえる様子の真琴に言い聞かせてみたり。美汐、すっかり真琴を子供扱い。
がんばってみるけど目の潤みが止まらない真琴、力を入れて目をぎゅっと閉じた拍子に涙がひとしずく、あふれて落ちた。
「うぅ〜〜」
一滴が落ちたら後は簡単。次から次へと涙が落ちて、それを止めたいのに止められない自分が悲しくて、また新しい涙がぽろり。膝も痛いし。
そんな様子を見た美汐、ひとつ息をついて。
「真琴、怪我を治すおまじないをするから目を閉じてね」
「ん? なにするのみしお?」
涙声での問い返しに「怪我の痛さが無くなるおまじないよ」と言い聞かせて、真琴が目を閉じるまで頭を撫で続けた。
そして真琴が目を閉じたのを確かめて、そのまま顔を真琴の顔に寄せて行く。
「えっ!? 何?」
急に近付いた気配や感じた吐息の暖かさに戸惑う真琴に構わず、美汐は真琴の額の傷に舌を這わせた。
痛くて痺れていた額に暖かくて柔らかいものが這いずってゆくくすぐったさを伴う感触。その感覚に真琴の背筋に電流が走った。ふるふると背筋から始まった震えが袖口をきゅっと握っている手まで伝い、真琴の感じたモノの余韻を美汐に伝えた。
そっと舌と顔を真琴から離すと、美汐は右手の人差し指を傷口に当て
「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛〜んでけっ!」
呪文を唱えて空中に痛みの飛んでゆく軌跡を描いた。
「さ、もう目を開けていいわよ」
おまじないを施された真琴、何故か頬が赤くなっていたりして、元々潤んでいた眼と併せて、とてもアレな表情だった。
「もしかして、嫌だった?」
内心のドキドキを隠してたずねた美汐。対して真琴はぶんぶんと首を振って答えた。
「ううん! 祐一がやってくれるくらい気持ちよかった!」
怒。
古典的な音を立てて真琴は転んだ。
「あ゙ゔ〜〜〜」
五体投地の見本像、ともいえそうな真琴がアスファルトの上に横たわっていた。
「大丈夫!?」
美汐は咄嗟にしゃがんでめくれ上がったスカートを直してやり、真琴を抱き起こし頭から順に点検していった。
額、膝は言うに及ばず、鼻の頭も地面を叩いた掌も等しく赤くなっていた。赤くなっている範囲が広いその割には、擦り剥いた箇所は額だけだった。余程綺麗に転んだらしい。
「みしお……いたい……」
真琴の瞳に涙がじんわり。ぁぅー。
「ほら、泣かないの。真琴は強い子でしょう?」
涙をこらえる様子の真琴に言い聞かせてみたり。美汐、すっかり真琴を子供扱い。
がんばってみるけど目の潤みが止まらない真琴、力を入れて目をぎゅっと閉じた拍子に涙がひとしずく、あふれて落ちた。
「うぅ〜〜」
一滴が落ちたら後は簡単。次から次へと涙が落ちて、それを止めたいのに止められない自分が悲しくて、また新しい涙がぽろり。膝も痛いし。
そんな様子を見た美汐、ひとつ息をついて。
「真琴、怪我を治すおまじないをするから目を閉じてね」
「ん? なにするのみしお?」
涙声での問い返しに「怪我の痛さが無くなるおまじないよ」と言い聞かせて、真琴が目を閉じるまで頭を撫で続けた。
そして真琴が目を閉じたのを確かめて、そのまま顔を真琴の顔に寄せて行く。
「えっ!? 何?」
急に近付いた気配や感じた吐息の暖かさに戸惑う真琴に構わず、美汐は真琴の額の傷に舌を這わせた。
痛くて痺れていた額に暖かくて柔らかいものが這いずってゆくくすぐったさを伴う感触。その感覚に真琴の背筋に電流が走った。ふるふると背筋から始まった震えが袖口をきゅっと握っている手まで伝い、真琴の感じたモノの余韻を美汐に伝えた。
そっと舌と顔を真琴から離すと、美汐は右手の人差し指を傷口に当て
「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛〜んでけっ!」
呪文を唱えて空中に痛みの飛んでゆく軌跡を描いた。
「さ、もう目を開けていいわよ」
おまじないを施された真琴、何故か頬が赤くなっていたりして、元々潤んでいた眼と併せて、とてもアレな表情だった。
「もしかして、嫌だった?」
内心のドキドキを隠してたずねた美汐。対して真琴はぶんぶんと首を振って答えた。
「ううん! 祐一がやってくれるくらい気持ちよかった!」
怒。
2005年01月22日
[TxM] 朝に目覚めたら3
抜けるような青空、そういう言葉が良く似合いそうな晴れ具合だった。
水江はその下を背を猫のように丸めてトボトボと歩いていた。いかにも不健康そうな姿勢に支えられている首は、汗が玉になって浮かんでいる。タオル地のハンカチを持った左手が、時々無感動に額から喉までを拭っていた。
水江の通う市立の学校は、夏休みに登校日というものを設定している。
そういう訳で、暑い日差しの下を水江は元気無く歩いていた。暑がりの水江は、夏休み中の登校日という物が嫌で嫌で仕方が無いのだ。
何でうちの学校は徒歩で行ける距離にあるのだろうか?
もう少し遠い所に学校が移れば私もバス通学にするし、バスだとエアコンも効いているだろうに。
親の敵でもあるかのように空を見上げて、水江はそんな事を考えていた。
後ろから肩を叩かれた。のみならず後ろから抱きつかれた。汗ばんで湿ってきた制服に、生暖かい感触がかぶさる。
「よ、おはよ水江」
朝の挨拶。
声で誰かを判別する必要もなかった。水江にこのような事をする人間は 1 人しか居ない。
暑さで歪んだ状態で凝り固まっていた水江の表情が一気に緩んだ。
「よ、おはよつばさ」
同じ口調で挨拶を返した。
「久しぶりだね」
水江の言葉に、つばさは首を傾げた。
「あー、あたしの記憶が確かなら、確か昨々日も会ったよな?」
「うん……まだそれだけしか経ってないんだ」
確認するような口調。
「なんだか、つばさと会っていない時間って、伸長されているよう」
「シンチョウ? どういう意味?」
「長く引き伸ばすって事」
「へぇ……じゃ、あたしと会ってない時間は長く感じるんだ」
「うん」
「どれくらい?」
「1 分が、1 日くらい」
「そりゃ幾ら何でも大袈裟だよ」
「そうかな?」
答えてから軽く計算してみる。
1 日は 24 時間、24 時間はその 60 倍で 1440 分。単位を日に変えてみて 1440 日。365 で割るのはちょっと大変なので、350 で割ってみる。1440 を割った時の商は 4 年、余りは 40 日。365 を 350 で代用した分を見ると、実際には 4 年弱の期間になる筈だ。
さすがに大袈裟かも知れない。
「でも、長く思ったのはほんとう」
「あー、水江、もしかしてあたしの心配とかしてた?」
「ううん。ただ、昨日は暇だったなって」
これは言いがかり。水江は内心だけでそれを認めた。
「ごめんな」
つばさは一言返しただけだった。こういう時のつばさの言葉には嫌味をいう時のような翳らしいものは見当たらず、言い訳じみたことも言わない。
「ううん、いいの。これは、私の我侭」
だから水江は笑って許した。
つばさには許しを乞わなければいけない筋合いは何もないけれど、それは問題ではないから。
結局、こういうつばさの態度が彼女を必要以上にハンサムに見せる要因なんだろうな、と水江は昨晩の姉の言葉を思った。
水江はその下を背を猫のように丸めてトボトボと歩いていた。いかにも不健康そうな姿勢に支えられている首は、汗が玉になって浮かんでいる。タオル地のハンカチを持った左手が、時々無感動に額から喉までを拭っていた。
水江の通う市立の学校は、夏休みに登校日というものを設定している。
そういう訳で、暑い日差しの下を水江は元気無く歩いていた。暑がりの水江は、夏休み中の登校日という物が嫌で嫌で仕方が無いのだ。
何でうちの学校は徒歩で行ける距離にあるのだろうか?
もう少し遠い所に学校が移れば私もバス通学にするし、バスだとエアコンも効いているだろうに。
親の敵でもあるかのように空を見上げて、水江はそんな事を考えていた。
後ろから肩を叩かれた。のみならず後ろから抱きつかれた。汗ばんで湿ってきた制服に、生暖かい感触がかぶさる。
「よ、おはよ水江」
朝の挨拶。
声で誰かを判別する必要もなかった。水江にこのような事をする人間は 1 人しか居ない。
暑さで歪んだ状態で凝り固まっていた水江の表情が一気に緩んだ。
「よ、おはよつばさ」
同じ口調で挨拶を返した。
「久しぶりだね」
水江の言葉に、つばさは首を傾げた。
「あー、あたしの記憶が確かなら、確か昨々日も会ったよな?」
「うん……まだそれだけしか経ってないんだ」
確認するような口調。
「なんだか、つばさと会っていない時間って、伸長されているよう」
「シンチョウ? どういう意味?」
「長く引き伸ばすって事」
「へぇ……じゃ、あたしと会ってない時間は長く感じるんだ」
「うん」
「どれくらい?」
「1 分が、1 日くらい」
「そりゃ幾ら何でも大袈裟だよ」
「そうかな?」
答えてから軽く計算してみる。
1 日は 24 時間、24 時間はその 60 倍で 1440 分。単位を日に変えてみて 1440 日。365 で割るのはちょっと大変なので、350 で割ってみる。1440 を割った時の商は 4 年、余りは 40 日。365 を 350 で代用した分を見ると、実際には 4 年弱の期間になる筈だ。
さすがに大袈裟かも知れない。
「でも、長く思ったのはほんとう」
「あー、水江、もしかしてあたしの心配とかしてた?」
「ううん。ただ、昨日は暇だったなって」
これは言いがかり。水江は内心だけでそれを認めた。
「ごめんな」
つばさは一言返しただけだった。こういう時のつばさの言葉には嫌味をいう時のような翳らしいものは見当たらず、言い訳じみたことも言わない。
「ううん、いいの。これは、私の我侭」
だから水江は笑って許した。
つばさには許しを乞わなければいけない筋合いは何もないけれど、それは問題ではないから。
結局、こういうつばさの態度が彼女を必要以上にハンサムに見せる要因なんだろうな、と水江は昨晩の姉の言葉を思った。
2005年01月20日
[TxM] 朝に目覚めたら2
そして、今は夏。これが現在の水江の最大の不満だった。
何故なら、夏祭りがあるから。
「水江は御守袋作り」
父は一言で水江の存在を規定してのけた。
家業の手伝いをせねばならない、過酷な季節がまた来たのだ。
「ん……」
軽い目眩いを感じて、水江は手を止めた。
時計を見る。午後10時すぎだった。
座敷テーブルの上を見て、溜息を吐いた。そこには錦の袋や綾糸や小札、数々の御守袋の材料が種類ごとに箱に整理されて置かれていた。
テーブルの下、膝元の箱には完成した御守袋が入れられている。作業量は全体の三分の一をこなした程度だと水江は判断した。
テーブルの向かい側には、姉の暦がうーうー唸りながら御神籤を殺気立った表情で折っては糊付していた。ずいぶんと煮詰まっている様子で、御神籤をみつめる視線が恰も憎い敵を見定めているかのよう。
「姉さん。少し休憩しない?」
普段は賑やかな暦も、疲れているのか言葉少なに賛意を示した。
「だいたいねー。こんな物」
水江が淹れて来た苦いコーヒーを少しずつ飲みながら、暦は完成したばかりの御神籤を指で弾いた。
「完成してる状態で卸売りしてるメーカーがあるんだから、その既製品を買えばいいのよ。わたしがこうして苦労しなきゃならないなんて、ナンセンス。労力の無駄。そうでしょう?」
「でもお金は無駄にならない」
同意を求めてきた暦に素直に頷けなかった水江は控えめに反論してみた。
「それは『無駄にならない』んじゃなくて、『使うべき物に使っていない』と言うの」
反論は一言で斬って捨てられた。水江は不満そうに口を尖らせて、コーヒーカップに口を付けた。
「……熱」
濃くて甘いカフェ・オ・レ。冷ましてから口をつけたつもりだったが、まだ少々熱すぎた。牛乳をわざわざミルクパンで温めたのが原因だろうか。
「あーあ。折角のお祭りだけど、わたし達は勤労少女ね。女工哀歌ってやつよ」
暦の物言いに水江はくすりと笑った。確かに、現状は紡績業に従事する女工が、怖い検番の目を逃れて仕事を一時放り投げているようなものだ。しかし姉から明治時代の言葉が出てくるとは思わなかった。
「何よ、その目は?」
姉と歴史という組み合わせが意外で、思わず笑いを洩らしたのを暦に見咎められた。水江は何でもないよという風に首を横に振った。
「きっと私達、片島山で一二を争うくらい可哀相な姉妹」
「一も二も、山には私達しか居ないじゃないの」
冗談のつもりだった水江の言葉も暦の呆れ顔を呼び出すだけの効果しか無かった。またもや言葉を斬って捨てられた水江はそっと鼻を鳴らした。不満そうに。
そんな妹の様子を気にするでもなく、暦は大きく息を吐いた。
「でも本当。他の子たちは浴衣でも着て目当ての男の子と一緒に遊ぶんだろうに」
多少オーバーなアクション付きで悲しさをアピール。
「わたし達ときたら、社殿で神事とか社務所で売り子よ?」
確かにそのとおりだった。
夏祭り。浴衣姿の少女。そしてエスコート役の少年。2人で引いた御神籤を仲睦まじく結びつける様を社務所の中から羨ましく眺めつつ、御神籤を売ったり御守りを売ったりするのだ。
これは未だ想像でしかないが、これは限りなく実現に近い可能性を持っている。
「せっかくのイベントに、こんな美人が独りで奥に引っ込んでるってのは人類の損失と言……」
「姉さん、相手居るの?」
台詞の途中でさしはさんだ水江の疑問は、明らかに暦にとっては余計な物だったようだ。覿面に渋面を作り
「うるさい」
ぴしゃりと水江の言葉を封じると
「でもさ」
今度は意地の悪い笑みを顔に貼り付けて暦が言った。
「水江にはつばさちゃんが居るから独り身じゃない訳か。羨ましいなあ」
「姉さん……つばさは女の子」
つばさちゃんというのは、水江の幼馴染の名だ。左京つばさ、というのが本名だ。そして女性。
「そんな事解ってるわよ。でも、男以上に男らしいじゃない。もしつばさちゃんが男だったら、絶対に私も手を出してるわよ。ちょっと愛想が足りない所を除けば理想的じゃない?」
確かに、と水江も思った。つばさは小さい頃から、内面が必要以上にハンサムだった。それに格闘技にも打ち込んでいる。格闘技での強さを計る尺度を水江は知らなかったが、その辺りに居るような男達相手だったら、多対一であろうとつばさは一度も負けた事がない。少なくとも、水江の目前で喧嘩があった時は。
「あーあ。私にもつばさちゃんみたいな相手が居ないかなあ……」
頭の後ろで手を組んだ暦が、あてつけるかのように言った。
そんなんじゃないのに。
また小さく、水江は鼻を鳴らした。
何故なら、夏祭りがあるから。
「水江は御守袋作り」
父は一言で水江の存在を規定してのけた。
家業の手伝いをせねばならない、過酷な季節がまた来たのだ。
「ん……」
軽い目眩いを感じて、水江は手を止めた。
時計を見る。午後10時すぎだった。
座敷テーブルの上を見て、溜息を吐いた。そこには錦の袋や綾糸や小札、数々の御守袋の材料が種類ごとに箱に整理されて置かれていた。
テーブルの下、膝元の箱には完成した御守袋が入れられている。作業量は全体の三分の一をこなした程度だと水江は判断した。
テーブルの向かい側には、姉の暦がうーうー唸りながら御神籤を殺気立った表情で折っては糊付していた。ずいぶんと煮詰まっている様子で、御神籤をみつめる視線が恰も憎い敵を見定めているかのよう。
「姉さん。少し休憩しない?」
普段は賑やかな暦も、疲れているのか言葉少なに賛意を示した。
「だいたいねー。こんな物」
水江が淹れて来た苦いコーヒーを少しずつ飲みながら、暦は完成したばかりの御神籤を指で弾いた。
「完成してる状態で卸売りしてるメーカーがあるんだから、その既製品を買えばいいのよ。わたしがこうして苦労しなきゃならないなんて、ナンセンス。労力の無駄。そうでしょう?」
「でもお金は無駄にならない」
同意を求めてきた暦に素直に頷けなかった水江は控えめに反論してみた。
「それは『無駄にならない』んじゃなくて、『使うべき物に使っていない』と言うの」
反論は一言で斬って捨てられた。水江は不満そうに口を尖らせて、コーヒーカップに口を付けた。
「……熱」
濃くて甘いカフェ・オ・レ。冷ましてから口をつけたつもりだったが、まだ少々熱すぎた。牛乳をわざわざミルクパンで温めたのが原因だろうか。
「あーあ。折角のお祭りだけど、わたし達は勤労少女ね。女工哀歌ってやつよ」
暦の物言いに水江はくすりと笑った。確かに、現状は紡績業に従事する女工が、怖い検番の目を逃れて仕事を一時放り投げているようなものだ。しかし姉から明治時代の言葉が出てくるとは思わなかった。
「何よ、その目は?」
姉と歴史という組み合わせが意外で、思わず笑いを洩らしたのを暦に見咎められた。水江は何でもないよという風に首を横に振った。
「きっと私達、片島山で一二を争うくらい可哀相な姉妹」
「一も二も、山には私達しか居ないじゃないの」
冗談のつもりだった水江の言葉も暦の呆れ顔を呼び出すだけの効果しか無かった。またもや言葉を斬って捨てられた水江はそっと鼻を鳴らした。不満そうに。
そんな妹の様子を気にするでもなく、暦は大きく息を吐いた。
「でも本当。他の子たちは浴衣でも着て目当ての男の子と一緒に遊ぶんだろうに」
多少オーバーなアクション付きで悲しさをアピール。
「わたし達ときたら、社殿で神事とか社務所で売り子よ?」
確かにそのとおりだった。
夏祭り。浴衣姿の少女。そしてエスコート役の少年。2人で引いた御神籤を仲睦まじく結びつける様を社務所の中から羨ましく眺めつつ、御神籤を売ったり御守りを売ったりするのだ。
これは未だ想像でしかないが、これは限りなく実現に近い可能性を持っている。
「せっかくのイベントに、こんな美人が独りで奥に引っ込んでるってのは人類の損失と言……」
「姉さん、相手居るの?」
台詞の途中でさしはさんだ水江の疑問は、明らかに暦にとっては余計な物だったようだ。覿面に渋面を作り
「うるさい」
ぴしゃりと水江の言葉を封じると
「でもさ」
今度は意地の悪い笑みを顔に貼り付けて暦が言った。
「水江にはつばさちゃんが居るから独り身じゃない訳か。羨ましいなあ」
「姉さん……つばさは女の子」
つばさちゃんというのは、水江の幼馴染の名だ。左京つばさ、というのが本名だ。そして女性。
「そんな事解ってるわよ。でも、男以上に男らしいじゃない。もしつばさちゃんが男だったら、絶対に私も手を出してるわよ。ちょっと愛想が足りない所を除けば理想的じゃない?」
確かに、と水江も思った。つばさは小さい頃から、内面が必要以上にハンサムだった。それに格闘技にも打ち込んでいる。格闘技での強さを計る尺度を水江は知らなかったが、その辺りに居るような男達相手だったら、多対一であろうとつばさは一度も負けた事がない。少なくとも、水江の目前で喧嘩があった時は。
「あーあ。私にもつばさちゃんみたいな相手が居ないかなあ……」
頭の後ろで手を組んだ暦が、あてつけるかのように言った。
そんなんじゃないのに。
また小さく、水江は鼻を鳴らした。
2005年01月19日
[TxM] 朝に目覚めたら1
片島水江には、常々不満に思っていた事がいくつかある。
瀬戸内海を望む平地に浮かぶ片島山。そこには土地の守護である鎮守の社がある。小さな社でしかないが、経た年数にだけは不足を感じないらしい。そしてそこの神職は片島という家の者が代々襲っている。
それは地元では割と知られている事で
「片島と申します」
と自己紹介でもしようものなら
「ああ、あのお山の?」
と半分くらいの確率で言われる。
片島という姓はそう珍しい物ではなく、そうと名乗れば全員が全員同じ一族という訳でもないのだが、それでも半数方の人間が『あのお山の片島さん』と認識するというのは田舎町の知名度としても充分以上だ。
それが水江には堪らなく嫌だった。
何故なら、地元のほぼ半数の人は名前を聴くだけで水江がどの家の人間か判ってしまうから。自分は相手の素性は判らなくても相手は自分の素性を判ってしまうと言うのは、随分と不公平ではないか、そう水江は思う。悪い事も出来やしない。別段、悪い事をしたい訳では無いのだけれど、それでも「しない」のと「できない」の間には、自由度の点においてとてつもない差があるような気がするのだ。
それについて水江の姉は別の意見を持っていて
「ちょっとした有名人よね」
と能天気に喜んでいるのだが、それもまた水江の不満だ。
家業についても不満がある。
片島山の社の神職の娘である水江の家とは、つまるところ神社だ。
子供は家の仕事の手伝いを負わされる。神社であれ例外ではなく、水江もその姉も、小さい頃から家業が忙しくなる祭事時は泣く程に仕事を手伝わされた。
その事で時々マニアックな嗜好の男達が水江に近付きたがるのだ。その手段や言葉は千差万別だが
「巫女さんと付き合ってみたいので付き合ってください」
という言葉で哀しいほど容易に一般化できる。
最初こそ水江は反論していた。私は巫女じゃなくて、忙しい時に借り出されるお手伝いさんだと。水江自身は社で祭っている神の名前も知らない。しかしその事を説明しても大抵の場合は無駄だった。無給の手伝いであろうが、アルバイトであろうが、職業としてであろうが、殆どの人間には巫女の装束さえ纏っていればそれは巫女と認識されるのだった。
そんな意識で近付いて来られたら、どんなに上辺を奇麗に見せかけられても雰囲気で解った。そういう男達と付き合う気分になれる人間では水江はなかったので、あとには振られ男が数を増やしてゆくという結果になるばかり。
そんな男ばかりが現れると水江の『男性』という物のイメージは、どんどんサンプリングされた男達の集合の平均値に近付いてゆく。
元々水江は恋愛事に興味が無い訳では無く、児童向け少女小説から読書遍歴をスタートさせて現在では男性向けの分野から女性限定の分野まで、ミドルティーン向けのライトノベル・漫画・アニメとを幅広く嗜む水江はむしろそういう事に興味津々なのだが、そういう訳で現実の恋愛というものに対して興味を失いかけていた。本物の男共に幻滅した、というのがより正確な表現だ。
もう詳しい事は記憶の彼方に押し流されてしまったが、前の学校を卒業する直前に
「や。片島さんって巫女やってんだって? いやぁ大橋に聞いたんだけどね。うん。へぇ。そうなんだ?
神社とかってさ、正月に……(中略)……良く見るとさ、片島さんって結構可愛いよね」
とか何とか、初々しいというか図々しいというか、聞いている方が困るような言葉はこびで水江を口説こうとした男が居た。
その話題に入られた時点で、水江のまともに応対するつもりが限りなくゼロに近くなった。かなり素っ気ない対応をした筈だが、男はめげずに話を続けたのもマイナス点。
その最後になって、言うに事欠いて
「良く見るとさ」
と前置きした上で
「可愛いよね」
とは良くも言えたものだ。よくよく見なければ全く可愛くないと言っているのと同じじゃないか。
水江自身はよく覚えていないが、その時は冷たい一瞥をくれただけで「さようなら」と別れた筈だ。追い縋って来た男を一体どう播いたのかはもう覚えてもいない。
そういった些事の積み重ねで水江の男性観が酷くいびつな物になってしまった事は、彼女を良く知る誰もが否めない事だった。
そのいびつな男性観、それ自体は水江の不満にはカウントされないのだけれども。
ちょっとした前書きのようなもの
瀬戸内海を望む平地に浮かぶ片島山。そこには土地の守護である鎮守の社がある。小さな社でしかないが、経た年数にだけは不足を感じないらしい。そしてそこの神職は片島という家の者が代々襲っている。
それは地元では割と知られている事で
「片島と申します」
と自己紹介でもしようものなら
「ああ、あのお山の?」
と半分くらいの確率で言われる。
片島という姓はそう珍しい物ではなく、そうと名乗れば全員が全員同じ一族という訳でもないのだが、それでも半数方の人間が『あのお山の片島さん』と認識するというのは田舎町の知名度としても充分以上だ。
それが水江には堪らなく嫌だった。
何故なら、地元のほぼ半数の人は名前を聴くだけで水江がどの家の人間か判ってしまうから。自分は相手の素性は判らなくても相手は自分の素性を判ってしまうと言うのは、随分と不公平ではないか、そう水江は思う。悪い事も出来やしない。別段、悪い事をしたい訳では無いのだけれど、それでも「しない」のと「できない」の間には、自由度の点においてとてつもない差があるような気がするのだ。
それについて水江の姉は別の意見を持っていて
「ちょっとした有名人よね」
と能天気に喜んでいるのだが、それもまた水江の不満だ。
家業についても不満がある。
片島山の社の神職の娘である水江の家とは、つまるところ神社だ。
子供は家の仕事の手伝いを負わされる。神社であれ例外ではなく、水江もその姉も、小さい頃から家業が忙しくなる祭事時は泣く程に仕事を手伝わされた。
その事で時々マニアックな嗜好の男達が水江に近付きたがるのだ。その手段や言葉は千差万別だが
「巫女さんと付き合ってみたいので付き合ってください」
という言葉で哀しいほど容易に一般化できる。
最初こそ水江は反論していた。私は巫女じゃなくて、忙しい時に借り出されるお手伝いさんだと。水江自身は社で祭っている神の名前も知らない。しかしその事を説明しても大抵の場合は無駄だった。無給の手伝いであろうが、アルバイトであろうが、職業としてであろうが、殆どの人間には巫女の装束さえ纏っていればそれは巫女と認識されるのだった。
そんな意識で近付いて来られたら、どんなに上辺を奇麗に見せかけられても雰囲気で解った。そういう男達と付き合う気分になれる人間では水江はなかったので、あとには振られ男が数を増やしてゆくという結果になるばかり。
そんな男ばかりが現れると水江の『男性』という物のイメージは、どんどんサンプリングされた男達の集合の平均値に近付いてゆく。
元々水江は恋愛事に興味が無い訳では無く、児童向け少女小説から読書遍歴をスタートさせて現在では男性向けの分野から女性限定の分野まで、ミドルティーン向けのライトノベル・漫画・アニメとを幅広く嗜む水江はむしろそういう事に興味津々なのだが、そういう訳で現実の恋愛というものに対して興味を失いかけていた。本物の男共に幻滅した、というのがより正確な表現だ。
もう詳しい事は記憶の彼方に押し流されてしまったが、前の学校を卒業する直前に
「や。片島さんって巫女やってんだって? いやぁ大橋に聞いたんだけどね。うん。へぇ。そうなんだ?
神社とかってさ、正月に……(中略)……良く見るとさ、片島さんって結構可愛いよね」
とか何とか、初々しいというか図々しいというか、聞いている方が困るような言葉はこびで水江を口説こうとした男が居た。
その話題に入られた時点で、水江のまともに応対するつもりが限りなくゼロに近くなった。かなり素っ気ない対応をした筈だが、男はめげずに話を続けたのもマイナス点。
その最後になって、言うに事欠いて
「良く見るとさ」
と前置きした上で
「可愛いよね」
とは良くも言えたものだ。よくよく見なければ全く可愛くないと言っているのと同じじゃないか。
水江自身はよく覚えていないが、その時は冷たい一瞥をくれただけで「さようなら」と別れた筈だ。追い縋って来た男を一体どう播いたのかはもう覚えてもいない。
そういった些事の積み重ねで水江の男性観が酷くいびつな物になってしまった事は、彼女を良く知る誰もが否めない事だった。
そのいびつな男性観、それ自体は水江の不満にはカウントされないのだけれども。
ちょっとした前書きのようなもの